2011年8月15日 (月曜日)

そうですよね

 こういう話は、あまりしたくないが。

 たぶん、あの人は笑って聞いてくれるだろう。

 あの人と「はじめて会った」のは、小学校三年生のときだった。

 その日、私は校庭のすみにあるプレハブの教室を出て、本校舎へつながる渡り廊下のところにやってきた。
 そこへ、あの人がやってきた。
 あの人と私は、クラスがちがっていたから、つまりは「同じタイミング」で、渡り廊下に出たことになる。
 あの人と私は家が近かったので、それまでにおたがいの顔と名前くらいは知っていた。
 しかし、とくに親しいわけではなかった。

 渡り廊下で、少年(あの人)とガキ(私)はなんの話をしたのか。
 たぶん、「どこへなにしにいく?」くらいのことだったはず。

 しかし、別れたあと、私はあの人を、あの人は私を、「友人」として認めてしまった。

 いまにして思う。
 あの、どこか張りつめたような感じの「少年」と、
 ノーテンキお気楽の「ガキ」は、どうして「友人」になってしまったのか。

 もちろん、後悔はしていない。
 多くのものを、もらった。
 少ししか、返せなかった。

 あすは八月十六日で、あの人の命日。
 ちょうど六年になる。

 これは前にもいったかもしれないが、またいう。
 
 あの人が、いまどこでどうしているかは、知らない。
 もう、どこにもいないのかもしれない。

 そんなこと、知ったことではない。
 あの人は私の「友人」。
 そして私はあの人の「友人」。

 これはもう、動かせない。
 
 いつかまた、どこかで会える。
 なんの根拠もないが、私はそう思っている。

 つぎに会うときも、きちんと見つけますからね。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月25日 (月曜日)

宣伝ですが…

 トートツであるが、「田中一実メモリアル・コンサート」である。

 日時は8月26日金曜日、場所は東京オペラシティで、18:00開場で18:30開演。

 くわしいことは、勧進元「連弾ネット」のサイト(http://www.rendan.net/)を見ていただきたい。

 なんでこんなところでガラにもなく宣伝めいたマネをしているかといえば、田中一実さんが私の友人だからである。

 もっとも、生き残ったヤツが亡き人のためになにをしても、つまるところ自己満足であり自己弁護なので(この宣伝もそうである)、自慢できることではない。

 それにしても、これを書くために連弾ネットのサイトをナナメ見したが、田中さん、まるで「神様仏様」あつかいであった(お坊さんから戒名をいただいているので、仏様にはちがいないが。失礼。少々不謹慎ないいぐさであった)。

 私は、田中さんのことが好きだし尊敬もしているが、それは「田中さんもタダのヒト」が根底にあるので、あそこまで「エライヒト」モードでやられると、「このヒトたち『田中さん教』の信者か?」という気もしてくる。まあ、田中さん、よくいえばカリスマ性豊富、悪くいえば「教祖サマ的フンイキ満載」なので、「信者」がいてもフシギではないが。

 ともかく、東京近辺、といわず、連弾あるいは音楽の好きなかたは、ふるってご来場ください。さもないと、田中さんがタタリますよ(もちろん冗談)。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月13日 (日曜日)

これを書いてすこしは楽になった

某SNSの「友人」に送ったメールの転記。

★★★★★

丈夫玉砕 瓦全を愧ず

西郷隆盛はそういいましたが、
カッコよく死ぬよりは、ミットモナク生きのこるほうが、よほどマシです。

そして、「明日になればなんとかなるさ」という
楽観的な考え方のほうが、最後には勝ちます。

すぐれた革命家に共通することは、
とびきりの楽観家であり、逃げ足の速いことです。

六年前に最大の友人が自殺しました。
ミットモナク生きのこることをよしとしなかったのですが、それでハッキリとわかりました。

あなたはまちがっていた。
バカでよいではないですか。
まわりに迷惑をかけてもよいではないですか。
あなたが勝手にひとりで「責任をとる」必要など、
どこにもなかった。

ただ、ひとつ感謝はしています。
あなたはご自分の命とひきかえに、
私に泣くことを思いださせてくれました。

あなたがいま、どこにいるのか私にはわかりません。
ひょっとすると、もうどこにもいないのかもしれません。
でも、いままでもこれからも、
あなたは私の最大の友人です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年2月22日 (火曜日)

アタシャ芸人かい

 某SNSの日記に数日前に書いたこと。

 ★★★★★

 芸人になるつもりはないが、モノマネはけっこううまいらしい。

「古畑任三郎」のマネ。
 ヤセ型で、あまり笑わない「お客さん」が、キャバ嬢の機嫌をとるためにこれをやると、100%のヒット率になる。

 あー、あなた、先ほどそうおっしゃいましたよね。
 でも、私、なにかちがうと思ったんです。
 そう、レターペーパーの数なんです。

「きゃー、井田ちゃんそっくり!」
 ほめられても、あまりうれしくはないが。

 もうひとつは、オーケストラの指揮者のマネ。
 かつてはマーチングバンドの先頭をつとめたことがあるママがやっている、新宿歌舞伎町の某店に呑みにゆくと、リクエストされた。
 ―それでは、カラヤンがウィーン・フィルで「フィガロの結婚」の序曲ということで。

 これもまた、大ウケだった。ちなみに、私は音楽的素養はない。

 いまでも、こういう芸はできるが、できればもうあまりやりたくはない

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年2月 2日 (水曜日)

「チューリップのアップリケ」

某SNSの日記に、「懐かしフォーク」ネタを書いたので、こちらでも。

うちがなんぼはようおきても
おとうちゃんはもうくつとんとんたたいてはる
あんまりうちのことかもてくれはらへん
うちのおかあちゃんどこにいってしもたの

ダイヤモンドのような輝きと固さをもっている歌。

唯一の問題は、だれもカバーできないこと。

この歌をつくって、いまも歌っているかたの40年来の友人である、
新宿ゴールデン街の「S」のマスターを知っているが、
この人もこういう。

-あの歌は、信康しか歌えないから

問答無用。聴け。
そして、泣けるのなら泣け。
泣ければ、アンタにもすこしはみどころがある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«私ではないワタシになったら、「食べてやる」